AKITOの思考ノート

あきとの備忘録

板チョコレートは一日一枚

#20 突然いろいろなことに興味をもてなくなった原因を見つけたいが・・・

 

前回の記事では、一週間前の10月中旬ごろからイロイロなことに興味をもてなくなってしまったぼくの状況について書きました。

公務員試験を終えてホッとしたのもつかの間、今まで好奇心を持っていたことにまったく取り組めなくなってしまったのは、結構つらいことです。

今回は、前回の記事で挙げた「ぼくの不調の原因」の中から、犯人であろうモノを特定していきたいと思います。

ちなみにこの記事は、なにか明確なことを主張したいために書いているわけではありません。自分の不調の原因を知りたいので、筆記開示みたいな感じで自分の思いや考えを吐露しているだけですよ。

 

<復習>謎の不調の原因

ふれあい不足

一つ目は、ふれあい不足でしたね。

ただでさえ友達がすくなく、ただでさえコミュニケーション能力が著しく低い。

そんなぼくは、大学にも旅行にもいかずに、行動範囲を自宅を中心とした半径二キロメートルくらいにしていました。

人と会ったり話したりする機会が格段に減ってしまっているのも当然のことです。

「社会的動物」みたいな人間の本能とはまったく違うことをしているからこそ、謎の不調に悩んでいるのではないかと思うわけです。

大学に行かないのは、シンプルに授業がないからです笑。卒論出せば卒業できるので、行く意味がないだけです。サボりではありませんぞ

卒論

二つ目は、卒論です。

前回の記事では卒論を、「戦後社会を生きるほぼすべての大学四年生を悩ませつづけてきた苦行の代名詞」と定義しました。

まさにその通りで、研究対象から先行研究、導入から結論にまでおよぶ論文のほぼすべての過程を、たかが21歳の若造がこなさなければならないのです。

小中校でまったく習ってこなかったスキルが要求されるだけに、何をしていいのかわからない、何を書けば正解なのかがわからない。正解がないからこそ、逆に不安になってしまう。

そんなネガティブな思考の堂々巡りが、ぼくを不調に追いやっている可能性があります。

甘えなのかもしれませんが、悩んでいるだからしょうがないっすね笑

こんな記事書いてるくらいだったら、さっさと卒論書けよ!ってことなんですけどね笑。まだ、ブログ書いているほうが楽です。

目標の欠如

三つ目が、具体的かつ明確な目標がないことです。

大学受験や公務員試験の場合は、「不合格」、「無職」、「浪人」を避けなければならないという強い危機感と、「合格」したいとうい強い期待がバランスよくはたらいてくれていました。

強い期待があればがんばることができるし、強い危機感があれば、そのがんばりを後押しすることができます。

自転車の両輪みたいなものですよね。不安だけが強くてもダメ。期待だけが強くてもダメ。日々のモチベーションを保つためには、両方の車輪が連携しながらまわってもらわないと困るわけです。

ただ今のぼくには、何かをしなければならないという使命感や義務感が一切ありません。

あるとしても、バイトや卒論程度。ぶっちゃけ卒論はラスト一か月で追い込めれば、それはそれで有終の美です。

というわけで今のぼくには、「いま、この瞬間」にしなければならない何かを持てていないのです。

犯人さがし

一番現実的な原因は・・・

上にあげた三つの原因の中で、一番現実的な原因をあげるとすれば、たぶん「卒論」と「目標の欠如」だと思います。

ふれあい不足については、大学一年生からつづいてきた日常生活の中でもうすうす感じていたことなので、特別今のぼくを苦しめている原因ではない気がするんですよね。

犯人もわかったことですし、もう元気になった気がします!

・・・・・・

なわけがなくて、原因がわかっても、それを根本的に解決できなければ意味がないわけです。

次は、犯人の性格をくわしく見ていきたいと思います。

卒論をどうする

さて、まずは卒論をどうするかです。

とりあえず、卒論に関連するスケジュールをまとめてみたいと思います。

締め切りとかがわかっていた方が、卒論にたいする危機感が生まれてやる気になれるかもしれないからです。

10月中旬 中間発表 教授陣からのご質問を賜る
11月中旬 題目提出 雑記の題名を担当教授に突き出す
1月中旬 卒論提出 可燃ごみを厳重に指定場所に排出する

とりあえず、こんな感じです。てか、中間発表まで一週間もないんですね。

ぼくの場合は、来週の中間発表が終わると、あとは題目提出と卒論提出の二回を乗り越えればいいらしいです。

可燃ごみの余命は・・・?”

今から逆算すると、提出までに残っている日数は約80日前後。一日に3時間をかけるとすると、240時間くらい。

240時間ということは、一日ぶっ通しで書きつづけても10日しか猶予がないことになります。

あれ、かなりピンチかもしれません。

だって、徹夜を10日つづけたらもう書けないんですよ。

ちょっと危機感がわいてきました。今の時点で2万文字くらいしか進んでいないし、結論も何も見えていないし・・・。

卒論を書いて、見直して、参考文献を整理して・・・みたいなのを繰り返していると、とても10日間では足りないかもしれませんね。

おお、なんだか自転車の後輪である「危機感」が渦巻いてきました。ちょっと、本気で頑張りたいと思います。

明日から。いやいや、今日はほんとにバイトがあるんでね、仕方がないです。

目標がマジでないことについて

卒論について書き出してみましたが、割と危機感が生まれてきた気がします。これはこれでいいことです。

次は、「目標」です。

やっぱり人生には、何かしらの使命感とか義務感、責任感があった方がいいと思います。ですが、今のぼくにはこれらがまったくない。

だからこそ、何かしらの目標をぶち上げて、それに向かって頑張れるような使命感を手に入れたい訳です。

 

ただ、言うは易く行うは難し。

目標を見つけようとか言ったって、そんなもんすぐに見つかるわけがありません。

21歳のぼくには学校の先生のような指導者はいません。親からも社会的に自立しています。

自分の意思や感情に任せて人生のロードマップを描くことなど、一晩でできるわけがないのです。

目標じゃなくて好奇心をもつ・・・?

ふと思ったのですが、「好奇心」をもってみるのはどうなんですかね。

目標を持っているほとんどの人は、その目標にたいする興味関心をもっているような気がするのです。

あるいは、何らかの分野で成功しているような人は、常にいろいろなことに好奇心をもっているような気がするのです。

だからこそ、無理に「目標」みたいな大それたものを掲げなくていい。そんなもんは後からついてくる、ただのオマケかもしれません。

「あれやってみたい」、「これおもしろそう」、「これ食べてみたい!」、「ここ行ってみたい!」みたいな、単純な人間らしい本能に従っていればいいのではないかと、ふと思いました。

つまり、順番が違うのです。目標があるから好奇心をもてるのではなくて、好奇心をもっているからこそ、それにたいして目標や楽しさももてるようになるのではないでしょうか。

 

”ぼくはわがままで傲慢だ”

そう考えてみると、

お金や労力を自分から出さないでおきながら、趣味や目標がほしいと嘆くのは、かなり傲慢なことなのではないでしょうか。

だって、好奇心は主体性の塊じゃないですか。

それなのに、主体性を捨てて、自分からは行動を起こさないでいる。

お金や時間を失うことを惜しんでしまい、新しいことに取りくんだりすらしない。

そんな状態では、たしかに好奇心も生まれない。結果的に、目標も生まれないのかもしれません。

犯人がわかった・・・気がする!

卒論

一つ目の犯人が、「卒論」です。

これは、危機感を得ることができたので、腱鞘炎にならない程度に毎日がんばりたいと思います。

適度にブログに進捗状況を残すのもおもしろいかもしれません。

極端なネガティブ思考

二つ目の犯人が、「ネガティブ思考」です。

目標も好奇心も持てない自分を支配しているのは、「お金や時間を失いたくない」、「チャレンジして損をしたくない」という極度の自己防衛とネガティブ思考です。

自分でつくった殻に閉じこもっているにもかかわらず、好奇心や目標を勝手に手に入れることなんてできるわけがないんですよね。

好きなようにお金を使って、好きなように時間を使う。

そうすることで、偶然、自分をゆれ動かす何かと出会うことができるような気がするのです。すくなくとも、自分から動かない限りは何も始まらないことはたしかです。

”自分がどう感じるか”

ぼくは子どものころから、失敗を極度に恐れるような人だったんですよね。原因はたぶん、中学受験の時に経験した母親による異常なまでの圧迫と、それによる精神的苦痛です。

 

間違えたら怒られる。親を怒らせたらいけない、親の機嫌を損ねたらいけない。

親に褒められることだけをしなければならない。親をがっかりさせてはならない。

親を心配させてはならない。親に従順ないい子でいなければならない。

 

こういう「親を不安にさせてはならない」という目に見えないプレッシャーが、ぼくの脳みそを支配していたわけです。

ぼくはもう21歳で、来年からは立派な社会人。

「いつまで親の顔色をうかがって生きてるんだ?!」って、自分に活を入れなければいけませんね。

脱不調のための公約

犯人が分かったところで、今のぼくが考えている具体的な解決策を書いてみたいと思います。

自分という複雑極まりない「国」を復興させるために必要な公約といってもいいのかもしれませんね笑。

卒論のロードマップをつくる!

卒論についてすべきことは、自分が書きたいテーマに沿うように具体的なロードマップを描くことだと思います。多分。

なのでまずは、ゼミ担当の教授と相談して、論文の結論や方向性に関するアドバイスをもらいます。

そのうえで、大きなアウトラインをつくり、必要な文献を集める予定です。

追記(2021-10-24)
先生に相談しました!昨日ですけどね。さすがはベテラン教授だけあって、速攻でぼくの論文テーマに沿ったアウトラインを教えてくれました。あとは、ぶっちゃけ頑張って書くだけです笑。
自分の悩みや想いをすべてぶつけたのでかなりスッキリしました。ぐちぐち悩んでいるよりも、その道何十年のベテランに疾風迅雷の勢いで相談する方がいいんですね。

自分のトリセツを知る!

次に、自分の取扱説明書を知ることです。

いままでぼくは、親をはじめとする他人の評価におびえながら生きてきました。

自分がしたいことや行きたいことの多くは、周囲の人の機嫌を損ねないことを条件に決めていたのです。

ですがこれからは、自分の本能とむきあわなければなりません。

自分がどこに行きたいのか、何を食べたいのか、何を学びたいのか、何時に寝て何時に起きたいのか、結婚したいのか独身でいたいのか、一軒家がいいのかマンションがいいのか・・・。

すべて、自分がどう感じるかを基準に決めていいのです。

こんな当たり前のことに、たった今気づきました。

”お金と時間の出し惜しみをしない”

自分のトリセツを作るためには、たくさんのことを経験して、いろいろな感情を抱かなければならないと思います。

つまりは、引きこもりではなく、外に出なければいけないということです。

お金を殻に閉じ込めるのではなく、外に開放してあげようということです。

 

ですからこれからは、「思考」ではなく「本能」、「感情」で動くように心がけたいと思います。

「あ!面白そう!」「楽しそう!」「おいしそう!」と思ったら、手を出せばいいんですよ。

親にとやかく言われることもない。単なる他人にぐちぐち文句を言われることもない。

自分の判断で、自分の好きなように、自分の意思を決めることができるのですからね。

まとめ

今回の記事は、ぼくの感情を整理するために書いただけの「筆記開示」に近いものだと思います。

文字を書きながら(打ちながら)自分の感情を整理することができる筆記開示は、よくわからない謎の不調に悩んでいる人にとってかなり有効なメンタル療法なのではないでしょうか。

ぼくの場合は、自分の不調の原因とその解決策をすんなりと見つけることができました。

解決策を行えばすぐに不調が消えることは決してないと思います。人間のからだはそんなにシンプルなものではありませんからね。

”新しいことをすれば、新しい発見を得られる”

ただ、昨日までとは違うことをすれば、何か新しい発見があるのは確かです。

チャレンジしたことがつまらないことに気づけるかもしれないし、逆に案外おもしろいことに気づけるかもしれません。

いずれにせよ、これからぼくは、自分の感情に正直にお金や時間を使ってみたいと思います。

気ままに外出して、気ままにお金を使って、気ままに感想を抱く。SNSのようなトレンドに頼らずに、自分の直感で動く。

そんな、江戸時代の人みたいな気ままな暮らしに徹してみたいと思います。