AKITOの思考ノート

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#16 メルクによる飲み薬の承認申請ー日本がすべきシンプルかつ明快な政策

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今日の新聞の社会面に、「製薬大手メルクがコロナの飲み薬(モルヌピラビル)を開発し、アメリカ食品医薬品局に承認申請をしている」という記事が載っていました。

どこの国のどこの企業であろうと、各国が定めている厳しい基準を乗りこえた飲み薬が開発されるのは、コロナ恐怖症の方々にとってまさに神の御栄光ともいうべきもの。

今回は、今後わが国でメルクや塩野義の開発した飲み薬が使えるようになった場合に、政府が疾風迅雷のごとく行うべきシンプルかつ明快な政策について考えたいと思います。

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目次

 

結論:感染症法を改正、新型コロナを5類に下げよ

この結論は、ほかの多くの方が指摘されていることです。

生存率が98~99%(健康な若い人)である新型コロナウイルスは、現在、重症急性呼吸器症候群結核、ペスト、ジフテリアなどとおなじ「感染症第二類」に指定されています。

正確には、指定感染症二類相当ですが、まあ細かい話はおいておきましょう。

ぼくには、コロナが「二類相当」に指定されている理由がまったく分からないのです。

まずは、二類相当に指定されてしまった場合のデメリットについて、いくつか書きつづりたいと思います。

  • 陽性者や感染者はすべて保健所の管轄下におかれる
  • 陽性者や感染者は保健所の指示にしたがわなければならない
  • 医療施設では、いわゆるマスクや防護服などを着用して対応にあたらなければならない
  • 生命にたいする危険性にかんがみて、指定された病院以外で診察することはできない

まとめると、「保健所が現場における総括指導者」、「使える病院は一部のみ」ということになります。

まず、保健所がすべての患者を管轄することになります。

よって、患者の数が保健所が対応できるキャパシティーを超えた場合には、その患者は「放置」されることになります。

また二類に指定されている感染症においては、感染対策がとられている安全性の高い病院しか使うことができません。

厳密にいえば、できないわけではないです。

ただ、そこまでお金を投じて感染症対策をしている病院がめちゃんこ少ない現実があります。

たとえば、東京都の病院数に占める利用可能病床数の割合は、わずか11%らしいです。

使えるベッドの数が限られれば、患者の数が急増した場合にテキパキ動くことができなくなってしまいます。

こうして保健所に「放置」され、医療機関から「見放され」た患者は、自宅に野放しにされてしまうわけです。

一方で、新型コロナを五類に下げれば、こうした異常事態をいとも簡単に避けることができます。これについては、次の次の段落でお話しします。

ほかの二類指定感染症と今後

ほかに二類に指定されいているウイルスでは、たとえばジフテリアSARSなどがあります。

呼吸器におけるジフテリアの致死率は5~10%、SARSは約10%です。

一方で新型コロナの致死率が1~2%。(おそらくもっと低い)

新型コロナと他二つの致死率の間には、約5~10倍もの開きがあるのです。

これを同等ととらえること自体が、まず間違っていると思います。

さらにぼくたちには、新型コロナと二年間にわたり戦ってきたという貴重な「経験値」があります。

その経験の中で、ぼくたちは大事な教訓をいくつか学びました。

  • 新型コロナと共存しなければならない
  • 緊急事態宣言の有無と感染者数の増減には、あまり相関関係がない
  • 人流と感染者数の間にはあまり相関関係がない
  • コロナで亡くなるより先に、精神的・経済的な負担で命を落としてしまう方がいらっしゃること
  • 子どもや若者の未来をとことん握りつぶしてきたこと
    • 人間が獲得する運動能力の8割は5歳児までに完成するといわれています。その機会を根こそぎ奪われた今の幼い子どもたちは、はたしてどのように成長していくのでしょうか。
    • 中高大の思い出をしゃべるときに、「勉強」の話が真っ先に上がる人はかなり少ないと思います。コロナは、勉強以外の思い出をつくる大切でかけがえのない機会をぶち壊しました。
  • コロナは、そこまで怖いのか?ということ

各国で多種多様なコロナ撲滅政策が行われてきましたが、いまだに「ゼロコロナ」をのたまう国家はもうありません。

いや、中国以外はないと思います。

そうした中で、ぼくたち日本人は、いまだに二類感染症に指定されているが故の不便さを被りつづけなければならない状況におかれています。。

その不便さとは、「気軽に病院に行けない」「気軽に診断してもらえない」という、インフルや風邪にたいしては当然のように行われている処置の数々です。

五類になるとどうなるか?

五類指定に繰り下げすれば、こういう謎の不便さから解放されます。

いちいち保健所の指示にしたがう必要がないので、気軽にお医者さんのところに行くことができます。

使える病院の数が格段に増えるので、野放しにされる可能性は一気に低くなります。

たとえば、明日の朝に37.5度の熱がでていた場合には、気軽に近くの病院にいき、気軽に診察してもらい、気軽になんらかの薬をもらうことができるのです。

インフルエンザと同じように、「病院に行って処置してもらい、あとは家でぐっすり寝ていれば治る」という、当たり前の日常が戻ってくるのです。

そのためにはどうすればいいか?

新型コロナウイルス感染症第二類から第五類に引き下げればいい。

そのためには国会を開いて、新型インフルエンザ等対策特別措置法を改正する必要があります。

ただ、菅さんは臨時国会を開きませんでしたし、岸田さんの口から「五類」の言葉がでてくることもありませんでした。

だからこそぼくは、「飲み薬」の登場に並々ならぬ期待を寄せているわけです。

インフルエンザにおけるタミフルのような役割をもつ薬が出てくれば、コロナを二類指定に据えおくのはもはや狂気の沙汰。

国家の自殺行為といっても過言ではありません。

ぼくは岸田さんに期待したいです。

飲み薬が出てきたら、真っ先に国会で法改正をする。

野放しにされる国民を救い、保健所ではたらいてくださっている方々のご苦労を軽減し、医療機関が総出でコロナに対応できる環境を首相自らがつくる。

コロナが五類指定になったその瞬間こそ、私たち日本人の「ウィズコロナ」戦略の本当のはじまりなのです。

まとめ

ぼくは決して、コロナウイルスを軽視しているわけではありません。

ぼくみたいな既往症のない若者でも亡くなることもありますから、まったく危険ではないわけではありません。

ですが、物事にはバランスがあります。

そのバランスを見極めるためには、「ミクロ」と「マクロ」の双方の視点が必要不可欠です。

ミクロな事例ばかり見ていると、極端な例外ばかりを嗅ぎまわってことになり、異常なコロナ恐怖症に陥ってしまうかもしれない。

マクロなデータばかり見ていると、それぞれの患者が抱えている細かい事情や、各医療機関が抱えている個々の問題を見落としてしまうかもしれない。

だからこそぼくたちには、現実を表している「数字」と、成功や失敗の教訓である「経験値」と素直に向きあうことが必要なのです。

そして、数字と経験値に照らし合わせて、コロナが指定感染症二類相当に値するほどのウイルスであるのかを今一度吟味しなければならないと思います。

「聞く力」が武器である岸田さんであれば、ぼくやほかの専門家の方々の意見にもきっと耳を傾けてくれるはずです。

なんとか、コロナを五類に引き下げて、日本人総出でウィズコロナへと向き合っていけたらいいなと考えております。

 

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