AKITOの思考ノート

あきとの備忘録

板チョコレートは一日一枚

#3 【暗記と知恵の基盤について】暗記が知恵の基盤をつくるとおもう

暗記について

教科書を丸暗記すれば点数を取れる。先生が配ったプリントや小テストの内容を丸暗記すれば定期テストは何とか乗り切ることができる。ただ、そこで覚えた知識は定期テストでしか役に立たず、実社会では全くと言っていいほど効用を持たない。

暗記教育に対しては、以上のような批判がなされることが多いです。定期テストとは、教科書的な事実を頭に詰め込み、それを紙面上でアウトプットできる量を測るだけの作業ですから、確かに的を射ているようには思えます。

僕自身も、高校生の頃の定期テスト対策はただ教科書的な事実を暗記して終わりしていました。友達との間では、教師が眠い目をこすって懸命に作り上げたテスト問題を「思春期男児による記憶力バトル」と、蔑視していたこともあります。

暗記できないとどうなるか

ただ一方で、暗記をしていなければ私達は何かを考えることができません。何かの前提となる知識や実験、データ、考察などの情報をより多くインプットしていればしている程、未知の事柄に対する考えも豊富に湧き出てくるのです。

自分が学びたいと思う分野について考える場合や、未知の分野について考える場合にも、最低限必要となる知識を暗記しておく必要があります。あるいは、今まで知らなかったような知識を正確に身に付けつつ勉強を進めていく必要があります。何かを考察するためには知識を暗記していなければならず、その暗記すべき知識量は、勉強が進むにつれて増えていくものだからです。

たとえば、スマホアプリゲームのパイオニアと称されている「パズル&ドラゴンズ」というゲームにめちゃんこ詳しい専門家のような人がいるとしましょう。彼は、各モンスターが持つ攻撃力や防御力、覚醒スキルはもちろんのこと、特定のモンスター同士を組み合わせた場合に起こるシナジー効果にかんするデータを頭にインプットしています。

彼の説明は過去の経験やデータに基づいているものなので、信頼性も正確性も極めて高いですから、他のパズドラのプレイヤーからも頼りにされています。つまり、ゲームに関する知識を的確に暗記しているので、ゲームの勝ち方や効率的な進め方について語ることができる訳です。

一見無意味と思える学校で学んでいる内容も、役に立つとか役に立たないとかいう二元論で考えてはいけません。国語算数理科社会といった科目は、社会のあらゆる問題と間接的に結びついていると思います。

すなわち、一般的には「教養」といわれている科目を全般的に学ぶことで、社会のできごとに対して興味を持つための「とっかかり」をつくりあげることができるのです。冷戦や円高不況、難民問題、太陽の寿命、原子力素粒子、和歌、俳句、関数、無理数・・・。挙げればきりがないですが、いずれも社会や文化と密接に関連性を持つ分野です。役に立つとか役に立たないとか、そういう表面的な議論を教育の現場でするのではなく、社会に出て色々なことに好奇心を持つことができるような教育を日々行っていくべきです。

もし社会に出て役に立つことだけを学ぶのでしたら、大変なことになります。

月曜の1時間目は役所の使い方、2時間目は確定申告などの税金の納め方、3時間目は生活保護の申請方法、4時間目は審査請求の手続き方法、5時間目は不服申し立てのやり方。火曜日の1時間目は警察署の使い方、2時間目は拾得物の扱い方法、3時間目は詐欺の対処方法、4時間目はスマホの料金プランについて・・・。え、これ楽しいんですか。どうぞご家庭で教えて下さい。

拳銃を具体例に挙げると、銃弾を発射するための「トリガー」の役割を果たしているのが、義務教育や高等学校で学ぶ内容です。トリガーを引かない限り、銃弾(=好奇心)は外に出ることはありません。すなわち、社会と自分との結びつきを得ることはかなり難しくなるのです。

数学は問題解決能力を養う最高の学問

「二次関数や三角関数は社会に出て使わないし、サインコサインタンジェントなんて呪文は数学以外で使ったことがない」。多くの中高生から聞こえてきそうな声です。確かに、僕自身も高校で習った数学を使ったことはないですし、今後も自分で勉強する以外では使うことはないだろうと思います。

では、なぜ数学を学ぶのでしょうか。それは、過去の天才たちが考えに考え抜いた数々の知識や公式を複雑に組み合わせる作業をすることで、脳の思考力をきたえることができるからです。あらら、ひどく抽象的ですね。

たとえば、東京大学で出題される東大の入試問題は、一つの数学分野の知識だけを使うだけでは解けるものではありません。解の公式や判別式、確率、整数条件、漸化式、相加相乗平均といった数学に関する知識を総動員させ、そして複雑に絡み合わせることができなければ決して解くことができないわけです。この場合、4行近くある問題を読み込み(読解)し、その問題で問われていることを頭の中で具体化し、今まで習った(or暗記した)どの公式や理論を使えば問題という複雑な「ひも」を解きほどすことができるのかを考えるための思考力が必要になります。

さらに数学では、「x」「y」「z」「m」「n」のようなとても抽象的な記号を大量に用いて物ごとを記述する学問です。また多くの場合、「グラフ」を用いなければ問題文を正確に読解することすらできません。

歴史や政治経済と大きく違うのはこの点です。具体的ではなく抽象的、解き方に正解はなく使う公式も自由。数学とは、単に正しい事実を覚えてあぷとぷっとするだけの学問ではないのです。「あ、この部分はあの問題集の解法をいくつか組み合わせればとけそうだ」。「4次関数と一次関数の接点が2つある場合の条件ってなんだ?あ、重解が2つあるということではないのか?」。正確に暗記して正確に理解した過去のデータと経験がない限りは、数学という高度な抽象的能力を要求される学問に太刀打ちすることはできません。逆に言えば、数学の能力が高い人であれば、恐らく他の学問をやらせても相当な学習効果を見込めると思います。

もちろん、公式を当てはめればまるで機械のように答えが出てくるような問題は別ですけどね。

この点、もし問題を解き明かすための公式暗記や解法暗記が欠けていると、難問を解く際には大きな致命傷になります。解くための「とっかかり(=トリガー)」が不足しているので、総合的な問題解決能力も減じてしまうわけです。学校で行われいる数学以外の教育も、思考力や好奇心のトリガーとなりうる基盤を育成するという点では、かなり社会的意義があるものです。

さあ、今だからこそ暗記をしましょう

暗記は才能でもあり、また能力でもあります。暗記力は伸ばすことができますし、衰えさせることもできます。年を重ねるごとに人間としてアップデートしていくためには、知識欲を失わないことが何より大事。常に好奇心を持ちつづけることが何より大事。

「なんで?」、「どうして?」という探求心を常に持ちながら幅ひろい分野の学習を進め、新しく学んだ知識や概念をどんどん頭の中にインプットしていきましょう。自分の頭の中にため込んだ豊富な知識は、役に立つとか役に立たないとかいうくだらない表面的な議論を越えて、ぼくたちの人生を彩り豊かにしてくれます。

好奇心があるから知識が増える、知識があるから考えられる、考えられるから思考力が身に付く。この、「好奇心→知識→思考力」の三段の流れを大事にして、いくつになっても子ども、いえ、幼稚園児に負けない無邪気な心を持って毎日を過ごしていったほうが、楽しい人生が過ごせるのではないかとかんがえています・・・

 

以上の考えは、ぼくの独断を偏見によるものです。「20過ぎの男が暇つぶしに書いた文章」くらいに捉えてくれたらとっても嬉しいのです。