AKITOの思考ノート

あきとの備忘録

板チョコレートは一日一枚

#5 【言葉を覚えることについて】言葉を覚えると思考の幅が広がる

目次

言葉は人類最大にして最高の発明

私たちが生活してる地球における文明の多くは、言葉がなければ生まれることはありませんでした。言葉は、相手に自分の思いを伝える単なるコミュニケーション手段としてだけではなく、自分たちが取り組んできたことを後世に残すための手段としても重要な役割を果たしてきました。このように言葉は、1万年以上に及ぶ人類の生存と発展に寄与してきた「最大の発明」だといわれています。人間は他の哺乳類や爬虫類といった動物とは違い、遺伝子と言葉の双方を用いて文化や文明、過去の歴史を伝達することができるからです。社会が質的・量的に発展していくためには、過去の歴史や偉人の思考を主体的に学んで、それさらに次世代へとバトンタッチすることが大切なんですね。

さて、人類史上最大の発明である言葉によって、私たちはより自由に、より高次元な、より抽象的な思考能力を獲得することができました。「自由」「感動」「恋愛」「合理的」「客観的」「社会」などの言葉は、いずれもぼくたちの思考の幅をめちゃんこ広げてくれます。広げるだけではなく、より高次元の考え方を身につけることにもなります。実際に物理学者や数学者たちが新しい発明をするためには、既存の古い思考の枠組みから脱して、より高次の次元で物事を考えることが必要です。

たとえば、20世紀最大の科学者ともいわれているアインシュタインが考え抜いた相対性理論を理解するためには、「相対性理論」という言葉をつくりださなければなりません。ドイツ語の「Relativitätstheorie」や英語の「theory of relativity」という外国語を日本語に訳してくれた人がいたからこそ、今の僕たちは「相対性理論」という言葉を自在に使うことができるし、相対性理論を用いたより高度な研究活動に携わることができるのです。いや、そもそもアインシュタインが「Relativitätstheorie」の概念を思いつくためにすら、目の前の世界を越えたより高次の思考パラダイムを必要としたに違いありません。

あるいは、民主主義という言葉もそうです。当初ギリシアで用いられていた民主制は、国防に参加している青年男性のみが参加することができる直接・制限民主主義であったといわれています。青年男女が平等に投票することができる今とは全く違う世界ではありますが、当時はこれが当たり前の価値観だったのです。では、どうして当たり前の価値観が、当たり前ではなくなったのでしょうか。もしこれが地球環境の変化に関する議論であれば、隕石の衝突や火山の噴火などで突発的に状況が変化することは考えられるかもしれません。恐竜の絶滅に伴う生態系の大変革も、ユカタン半島を直撃した小惑星によるものだとする推測が建てられていますしね。ただ、今僕たちが考えているのは人間が暮らしている社会に関することであって、高次な「概念」に関することです。そう簡単に価値観が変わることはないのです。

「民主主義」という概念が時代を超えてアップデートされ続けてきたその理由は、おそらく皆さんもお分かりだと思います。それは、まず、「民主主義」という言葉を誰かが考えてくれたからです。みんなで議論に参加してみんなで物事を決めよう、という考え方に対して、「民主主義」という言葉を当てはめてくれた人がいたおかげです。さらに、「民主主義は何か」という事柄について議論するための言葉である「人権」とか「民主」とか「主権」とか「平等」とかいった概念的な言葉が多く生まれていたからです。

最低限知らなければならない言葉は義務教育で身につける

無料で受けることが義務教育を利用すれば、社会で生きていく上では困らない程度の言葉をしっかりと身につけることができるといわれています。義務教育は、国語や算数、社会などのあらゆる学問の基礎的な知識を学んだりアウトプットしたりする絶好の場所だからです。漢字の読み書きやことわざの意味などについて学ぶ国語、アルファベットなどの文字を用いることで抽象的な思考能力を育てる数学、身の回りで起きている自然現象などについて学ぶ理科といった科目などは、僕達の考えを豊かにする手助けをしてくれます。算数や理科といった学問的な事柄だけではなくて、歴史や現代社会といった自分がくらしている社会の「今」と「過去」を学ぶことも大変有意義なことです。人類が暮らしている社会で人権という概念が生まれた意味、当たり前のように享受できている表現の自由という概念が生まれた意味、すべて今の僕たちの社会に直結しています。

一応書いておきますが、「統治者の圧政から国民の人権を守る」ことが提唱されるようになったのは、「人権」とか「権利」みたいな言葉が生まれて、その言葉の持つ意味が時代と共に空間的に深まってきたからです。言葉がなければ、人権を保障するというような今では当たり前となっている考え方は、一向に生まれることはなかったのです。

他にもたとえば、「ゲイ」とか「レズ」のような社会的な性を持っている人が社会で認識されるようになったのは、「ゲイ」と「レズ」という言葉が発明されたからです。これらの言葉が生まれていない限りは、「なんかわからないけれど、同性の人に性的関心を持ってしまう」という漠然とした違和感を抱えながら生きるしかない人が多くいたのではないかと思います。このように、社会問題化している新しい言葉とかその言葉が生まれた背景を知っておくことは、社会で生きていく上では最低限身につけておくべき教養なのではないでしょうか。

逆に言うと、豊かな思考を持たないまま社会に進出してしまうと、自分の周囲にいる人と同じ立場で会話をすることすら危うくなるかもしれません。当事者同士の考える幅に違いがありすぎると、それだけ話がかみ合わなくなるのも当然ですからね。「鬼の居ぬ間に洗濯って何?」とか「明治維新って何?」とか「低気圧って初耳なんですけど」みたいな社会人が世の中にあふれかえれば、いよいよ日本は色々な意味で終わりに向かってしまうのでしょうね。そうならないためにも、次世代の日本を担う人材を育てるための教育にたくさんのお金を使うべきですね。義務教育の受益者を「社会全体」としている現在の制度は、いたく合理的なものだったのです。

しかし世の中には、算数は世に出て役に立つ打とか役に立たないだとか、理科は社会に出て使うとか使わないというような言説が広まっています。ああ、なんて浅はかな考え方なのでしょうか。こういう短絡的・表面的な言い訳をして学ぶことを放棄するということは、自分が持っている「思考世界」と他の人が持っている「思考世界」の大きさの差がどんどん広がっていってしまうということです。

広い思考世界を持っていればいるほど、それだけ自由に物事を考えることができます。なんだか普通のことだと思われるかもしれませんが、実はぼくたちはとても恵まれているんです。英語でもなく中国でもなく、日本語という自分の母語を使って、めちゃんこ難しい概念について考えることができるからです。逆に言うと、社会に出て使わないとかいう低次元な言い訳をして学ぶべきことを学ばなかった人は、たいして価値も値打ちもないようなチッポケな脳味噌を持ちながら今後の人生を生きていかなければならないのでしょう。ああ、哀れ哀れ・・・。

だからこそ僕は、日本が教育にかけているお金がかなり少ないのではないのかなと思う訳であります。確かに、自発的に学ばない人は無価値な脳味噌を持ちながら生きていけばいいだけです。一方で、学ぶ意思があるのに、お金という紙や金属が無いから高等教育を受けることができないというのは少し問題があるのかなと思う訳です。

言葉を覚える為の手っ取り早い方法

沢山の言葉や概念を覚えることで自分の思考の幅を広げ、あわよくば行動の幅を広げることができることを説明してきました。では、どうすれば言葉の世界を広げていけるのではないでしょうか。こたえは、専門家や過去の有名な思想家、文章能力に富んだ作家さんなどが書いた質の高い本をとにかく読み続けることです。自分と馴染みのない分野だったり読んだことのない小説の分野を読み続けていくことで、新しい「思考パラダイム」を手に入れることができます。

僕も普段から本を読むことを習慣にしています。自分でいうのもあれですが、昔から好奇心が旺盛なヤンチャな男の子だったので、知らないことを知ったり、できないことができるようになったりすることが、めちゃんこ気持ちいいんですよね。以下では、僕が本を選ぶ際の基準や読む時に気をつけるべき事柄を箇条書きで示していきたいと思います。

  • インフルエンサーの本は原則読まない(あえて本の名前は出しませんが、いかにも意識高い系が好みそうなやつ)
  • 読み続けるか読まないかの決断は、50ページくらい読み進めてから

  • 薄ぺっらい内容の小説は読まない(是非、アマゾンレビューなどを参照しましょう。)

  • 基本的に図書館で借りる

基本的に、これらの事柄に気を使いながら毎日の読書を楽しむようにしています。特に、インフルエンサーの本は、自分の成功体験は世間一般的に通用すると思い込んでしまう自己陶酔者によって書かれている場合が多いので、絶対に手を出さないようにしています。著者の自己満的なエピソードがだらだら書かれている本を読んでもお金と時間をどぶに捨てるだけですからね。

僕は基本的には、気軽に読めるような新書だったり歴史本、あとはノンフィクションの小説や古典を読むようにしています。というか、読んでいて面白いので自然と選んで読んでしまうだけなんですけどね。

いっぱい言葉を覚えましょう。

もし社会的に当たり前とされているような知識を身につけることができていなければ、あちこちの社会で行われている高度な話し合いや討論にすら参加できません。知識レベルがあまりにも違い過ぎるからです。ろくに義務教育の内容を学ばずに成長してしまった方々には、日本語を知らない外国人やガキンチョの高校生でもできるような底辺労働に従事するしか道は残されていないのです、多分。別に差別ではありません。事実です。だからこそ、学歴は今でも多くの企業の就活基準として利用されているのだと思います。ある程度の「教養」と「知識」、「社会適応能力」は身につけているという判断指標になりますからね。

だからみなさん、この先面白おかしくハチャメチャな楽しい人生を送っていきたいのであれば、とりあえずお勉強をし続けましょう。沢山言葉を覚えて、脳内の「情報世界」を今の何倍にも広げてしまいましょう。そのためには、まずは「好奇心」をもって学ぶことができる学問を見つけることが一番大切です。社会や親、友人、インフルエンサーから影響されて勉強をはじめたところで、結局それは長続きしないからです。自分の内なる探求心を全力投球したいと思える学問を発見して、楽しい楽しいお勉強への第一歩を踏み出すようにしましょう。気づいたら、あなたの脳内情報世界はとてつもなく拡大していると思いますよ

多分

以上の考えは、ぼくの独断を偏見によるものです。「20過ぎの男が暇つぶしに書いた文章」くらいに捉えてくれたらとっても嬉しいのです。