AKITOの思考ノート

あきとの備忘録

板チョコレートは一日一枚

#31 【オブザーバーという自覚】集団で行動すると一歩歩調がずれるぼく

目次

 

まくら

小学校の班割り行動とか遠足、中学校や高校の修学旅行や社会科見学で、ついに自覚するようになりました。

ぼくは、集団の歩調に合わせることができない人種なんだと、ということに、

意識的に集団から外れようとしているわけではなくて、ふと気づいたら、自分だけ置いていかれていたり、周りに誰もいなくなっていたりすることが多発していたんです。

とくに多かったのが、一緒に歩いているみんなの話に入ることができないこと。

そして気づいたら、みんなの一歩後ろを歩いているようなことです。

「あれ、ぼく話の輪に入れてないじゃん。あ、これデジャヴやわ」みたいなシーンは、ぼくの修学旅行につきものです。

仲が良かったりチームワークがいいと、誰かが取り残されたりすることって基本的にないじゃないですか。

「あれ?あの子いないよ。探そう」みたいな感じで、最終的には向こうから探しにきてくれることが多いと思うんですよね。

でも、ぼくの場合は違う。

別にいじめられたり嫌われたりしていたわけではないんですけどね。

なんか、自然と、グループの輪からもれっちゃってるんです。

葛西臨海水族園

たとえばぼくは高校生のときに、葛西臨海公園っていう、魚がビジネスの奴隷として泳がされているような水族館らしきところに行ったことがあります。

いわゆる、社会科見学的なやつです。

中学校の先生って、こういうの好きですよね。

なんかやたらと、「考察」とか「魚の生態について感じたこと」、「今回の見学で得たこと」みたいなレポートを書かせたりしてきます。

ときには、みんな大好き「プレゼンテーション!」で発表させられたりします

まあ、ああいう作業のおかげで自分の考えを自分の言葉で説明する能力をすくなからず身につけることができたので、結局は学校の先生に感謝しているんですけどね。

愚痴なのかよくわからないことはおいておいて、本題です。

見えない壁を感じる

水族館では、一グループ4人から5人くらいで構成されている班ごとに活動することになります。

まあ一般的には、グループごとにいろいろなお魚さんを観察したり、おなかがすいてきたらお昼ご飯を食べたりすると思います。

ぼくもそうでした。ただそれは、「最初だけ」です。

最初は四人で普通に見学していたのに、気づくとぼく以外の三人だけで会話が盛り上がっているんです。

そのときぼくは、彼らの会話にまったく入ることができない。

無理に会話に入ろうとしてなにか発言すると、逆にその場の空気が気まずくなってしまう。

「え?ぼく変なこと言った?」みたいになってしまう。

こういうことが、ほんとに多いのです。

自分と彼ら三人とのあいだに、見えない壁を感じてしまう。

その壁を無理に壊そうとすると彼らに迷惑がかかってしまう。

結果的に、何もしゃべらずに社会科見学が終わってしまう。

オブザーバー(観察者)としてのぼく

ぼくはこういう経験を、ありとあらゆる学校行事のときに体験しています。

なので、いつの間にかつくられているグループの雰囲気になじめなかったり、自分の発言がその場の空気を汚してしまうようなことにも慣れてしまいました。

だからぼくはこういう決意をしています。

「あ、オブザーバーでよくね」と。

白水会のオブザーザーとして参加しているトヨタと同じように、ぼくも一人の「観察者」として生きていくだけでいいのかなと思いはじめているんです。

住友系の銀行や電気、エネルギーなどの企業で構成されている財閥として、「住友財閥」があります。この財閥が定期開催している会合を「白水会」というらしいです。かっちょいい!

変に社会とかかわろうとしたり、下手に人間関係を広げようと無心しないほうがいい。

下手の考え休むに似たりといいますが、まさにその通りなのです。

というわけでぼくは、肩書を「オブザーバー」として生きていきくようにしています。

なかなかいいんじゃないですかね。

平均以上のコミュ力をもつ人は、社会の「レギュラー」として踊りつづけていただければいいと思います。

ぼくみたいな陰キャは、似つかわしくないダンスを踊りつづているよりも、踊っている彼らを外野から観察するだけの「オブザーバー」として生きるほうが似合っている気がするんですよ。

そのほうが「不慣れ」なことや「しょうもない利害関係」な巻き込まれることもありません。

あるいは、

「話に入らなければならない」とか「一緒に楽しまないといけない」みたいな強迫観念に悩まされることもない。

まあたしかに、だれとも話さないで一日が終わるとさびしいこともあります。

でも、人と話して精神的にいろいろと疲れちゃうくらいなら、最小限の会話で済ませちゃったほうがいいのかなとも思うんですよね。

無理して他人に介入しないでいいという「安心感」につつまれることができちゃうんですからね。

雑記

ぼくみたいなオブザーバー的な生き方をしていると、人間関係が受け身がちになります。

相手からなにかを要求されたり誘われたりするときにのみ、人間関係を築くことになるからです。

反対にいうと、「自発的」に誰かと話そうとしなくなります。

受け身の人間関係をつづけていると、マジで人と話す機会がなくなる。

なので、やっぱり会社とかに入っておいたほうがいい気がします笑。

と話さないと脳に悪いとかいうじゃないすか。なんだかんだ人って社会的動物っていうらしいので、コミュニケーションとかは最低限やっておいたほうがいいと思いますよ。