まくら
前回はトランプさんのことについて長々と書いてみました。
ナショナリストであるトランプさんは、現実的・実証的な計画のもとでの国家運営に力を入れていました。
自国を大事にすると同時に、他国も大事にする。その証拠に、他国の内政に過剰に干渉することもしないし、もし必要なことがあれば、相手国の首脳と一対一の会談を精力的におこなう。
トランプは、国民国家同士の対等な自立関係を重要視していた現実主義の政治家だったんですね。
さて、今回はその続きです!彼の思想がいかに「ファシズム」的ではないのかを、だらだらと書いてみたいと思います。
ファシズム・全体主義
全体主義という言葉は、たしか、ムッソリーニとかその辺のおじさんたちが、自分たちが採用している政治手法を誇示するために使われたのが最初だといわれています。
自分たちが使っていた統治手法を、誇らしげに語りたいと考えていたのでしょう。
では、この「全体主義」とはなにか。
簡単にいえば、大衆が感じている不満や鬱憤を、カリスマ的指導者が吸いあげるかたちで実現される政治制度のことをいいます。
結果として指導者は、国民全体を国家の下に集約させるのです。
重要なのは、「大衆」の願望を「下」から吸い上げているという点です。
権威主義や独裁は基本的に、指導者が「上」から国民を押さえつけていることが特徴です。
ですが全体主義の場合は、そのスタート地点はあくまで「大衆」の願望です。
結果的に国民の自由を奪う結果になろうとも、そのはじまりは、国民の願望なのです。
ナチスドイツ
たとえばナチスドイツの場合は、1930年代当時、WW1のWinnerたちから突き付けられたおそろしいほどの経済的制裁に苦しめられていました。
その余波は当然国民にもおよびます。
お金もない
食料もない
お仕事もない
おまけに、戦勝国からいじめられつづける。
そんな社会で暮らしていれば、彼らのあいだには当然「不満」がとつとつと蓄えられていきますよね。
この不満を、「ゲルマン民族の優位性」というかたちで見事に吸いあげたのが、カリスマ的なスピーチ能力をもつアドルフ・ヒトラーでした。
経済的に大ダメージを受けて、国民一人一人のあいだでも不信感や生きづらさを抱えている現状にたいして、ヒトラーは、「共同体」・「国家」というわかりやすい精神的依存先を提示したのです。
離合集散している大衆を、「国家」のもとに結びつけたのです。
しかし全体主義のもとでは、国民のあいだに自由はありません。
言いかえれば、個人はもはや自分のために生きることはできない。
彼らは、社会全体を包括している国家のために生きなければならないわけです。
理想的陰謀論的世界観への飛躍
この思想がのちに、「ゲルマン民族」の優位性を宣伝して世界統一を進めようとする過激な主義・主張へとつながることになります。
ユダヤ人に関する陰謀論を振りまき、ゲルマン民族のすばらしさを訴えつづけるのです。
いままでのことをむずかしくいうと、
国民がもつ各種社会権・自由権を制限し、国家が提示する理想的世界観を実現するための思想やその正当性を国民「全体」に植え付けていくことにより、国家システムに国民「全体」を奉仕させること。そのうえで、自民族(ゲルマン)の遺伝子的・人種的優位性を殊更に宣伝することで、他国の民族や領土に対する軍事的・思想的侵攻を正当化すること。
といえます。
かみ砕いていえば、
- 国民全体を、「国民」のためではなく国家のために奉仕させるイデオロギー
- ゆえに、国民の自由は制限されまくる
- 過度な「個人主義」に悩む大衆たちに対して、「共同体」「国家」という避難場所を提供するイデオロギー
- 陰謀論的な世界観を提示する思想
- ウルトラナショナリズム(自民族絶対視的思考)
ナチスドイツの掲げた反ユダヤ思想
たとえば、ドイツにおけるナチスの全体主義体制を考えてみましょう。
- ユダヤ人を根絶やしにしなければならないとする優生主義思想
- アーリア民族(ゲルマン)は圧倒的に優れているとする人種差別的思想
- ゲルマンに流れる「血」を「ドイツ」のもとで管理しなければならないという思想のもとで、欧州大陸上にある国家への侵略を正当化する思想
- 各国家には、すくなからずゲルマン民族から分岐した人々が住んでいるから
などに基づいています。
三つ目については、世界史で学んだことのある方が多いと思います。例の、「ゲルマン民族」の大移動ですね。
この世界観を実現するために必要なのが、「敵」です。
敵がいなければ自分たちの国家や民族を正当化することがむずかしいからです。
敵というのは、すなわち「ドイツ人」ではない人たち。
それが、ユダヤ人でした。
ナチスは国民を反ユダヤ思想に染めるために、たとえば、ユダヤ経済界が世界統一を企んでいるという陰謀論をばらまいたのです。
実際当時のドイツでは、財政金融関連の官僚役職にユダヤ人がついていたので、ナチスの陰謀論をすんなりと受け入れてしまうような下地もできあがっていたようです。
ただの自己中な「夢物語」
さて、考えればわかると思いますが、これらには一切「現実性」がありません。
「ドイツ人」のための国家運営をしたい(=国民国家)といいながら、その実態は、他国の文化や民族、統治機構を破壊・侵略する帝国主義国家です。
しまいには、「血」の統一というよくわからない概念をもちだします。
「血」の統一のためには、ナチスが敵対視していた「ユダヤ人」の血統をこの世から完全に消し去らなければならない。
ユダヤ人の血という「穢れ」を、根本からきれいにしなければならない。
結果的にナチスは、彼らをアウシュビッツやベウジェツなどの収容所に送り、時には強制労働、時には殺害という残酷な民族浄化を行ったのです。
こうした手段をとおしてヒトラーたちは、「最終解決」を試みようとしたのです。
高邁な自惚れ主義と陰謀論的世界観
ナチスドイツの提示した世界観は、まったくもって現実的ではありませんでした。
ユダヤ民族が云々とか、血の浄化のようなことばかりおっしゃるだけで、そこに実証的・現実的な計画もなにもありません。
しかしながら、自分たちの民族のことを誇ることそのものには問題はないのです。
自国を誇れるというのは、むしろすばらしいことですからね。
問題は、他国を相対化(下に見る)してしまうこと。
本来のナショナリストであれば、
- それぞれの国は自立した民族や統治機構をもっているので、ぼくたちはお互いの差異を認めなければならないし、お互いの文化や歴史を尊重しなければならない
という考え方をもつはずなのです。
一方でナチスは、優れた民族であるゲルマン民族がヨーロッパを統一することは正当な行為であると宣伝してしまいました。
ただの全体主義者で独裁者です。
中華民族を絶対視して、内モンゴル自治区やチベット、ウイグル民族たちにたいしてジェノサイドを行う指導者がどこかにいらっしゃいましたね。ヒトラーとそっくりです。
まったく符号性がないトランプとファシズム
ここまでトランプさんの思想と全体主義について書いてきましたが、両者のあいだにはまったく符号性がないことがあきらかになりました。
トランプさんは歴としたナショナリスト。
- 自分たちの国を強くするために、具体的で現実的な課題と解決策を提示する。
- 自分たちの価値観を他国に押し付けることもせず、無駄に侵攻することもしない。
- 多様な国民国家により彩られる豊かな国際社会を尊重する
- 自分自身も誇り、相手のことも誇る
一方で全体主義者は、ただの夢想家。
- 国民「全体」を国家のために総動員するために、彼らの自由を不当に制限する。
- 夢物語に満ちた民族物語を壮大に謳い、他国への侵略・軽蔑を正当化する。
- 自身の民族の優位性を絶対視する
はてはて、これらのどこに類似性があるのでしょうか。
ない、というか、真逆ですよね。
当然です。
彼をナチスと重ねる人は、相手の心に強く訴えるトランプさんの演説能力のみを切り取って、そこをヒトラーのそれと重ねただけなのでしょう。
たしかに両者ともスピーチ能力は優れているのかもしれない。
まあ、であれば、スピーチ能力の高い世界中の人が「ナチス」扱いされてしまいますけどね笑。
まとめ
前回と今回の記事では、トランプさんの思想とファシズムは相いれないことをだらだらと書いてきました。
ナショナリズム(国民国家主義)とトータリタリアニズム(全体主義)は本来的に真逆の思想だからです。
それをあきらかにするために、今回の記事ではかなりがっつりと全体主義に関する説明をしたつもりです。
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これ、わりとおすすめの本です。
雑記
はあ。疲れました。
ぼく自身、全体主義の専門家ではないので、いろいろな本を読みながら今回の本を書いてみました。
でもやっぱり、調べながら文章を書くと知識が定着しますよね。
文章を書くのが好きなぼくからしたら、一挙両得といったところです。