AKITOの思考ノート

あきとの備忘録

板チョコレートは一日一枚

#26 イヤホンを手放して外出することにした大学四年生

 

まくら

こんにちは、耳から文明の利器を取り除くことに成功した大学四年生のあきとです。

ぼくは高校三年生の頃にアップルのbluethoothイヤホンを購入してから、外出するときや勉強するときには常にイヤホンを身につけるようにしていました。

何かしらの音楽やラジオを流しながら通学したりお出かけしたりしていた覚えがありますね。

ただ最近ぼくは、最近「脱イヤホン」という謎の目標をでっちあげました。これは、ただの思い付きです。

普段と違う行動をしてみたら自分の生活がどう変わるのがか気になったので、ライトな人体実験をやってみたかったんですよ。

今回は、脱イヤホンで感じた(たいしたことない)メリットとかを書いていきたいと思います。

脱イヤホンのきっかけ

キーワード

脱イヤホンをしようと思い立ったのは、最近ぼくが意識している「ワンタスク・ワンタイム」というキーワードのおかげです。

これは、一度に一つのことだけをしながら生きていきましょうということです。

これと同じ意味の言葉として、巷では「シングルタスク」みたいなワードが使われているらしいです。

ただ、個人的には「ワンタスクワンタイム(ワンワン)」のほうが標語の意味が分かりやすいので気に入っています。

この言葉の通り、ぼくは最近朝ごはんや夜ごはんを食べるときはテレビやスマホを封印しています。

テレビやyoutubeを見ながらゲームをすることもなくなりました。

最初のころは物さびしい気持ちになったのは確かです。ただワンワンに慣れるにつれて、逆に気持ちがよくなってきたんですよね。

ワンワンを実行していれば、目の前のことだけに意識とか注意を向けていればいいわけじゃないですか。

だからこそ、無駄な脳みそのメモリーや聴力、視力を浪費しなくてもすむ。

結果的に、疲れにくくなって、気持ちがよくなるのかなあという、勝手な持論を持っていたりしています。

ここら辺の話をすると長くなるので、違う記事でワンワンについてガッツリ書いてみたいと思います。

外した時の解放感

外出するときにイヤホンをつける行為は、ぼくの中である種の宗教的な行事になっていました。

敬虔な宗教家の方って、毎日同じような御祈りをしているじゃないですか。

それと同じで、敬虔なイヤホン信者のぼくは、毎日のように耳に人工物を押し込んでいたんですよね。

そしてその行為を、ありがたがっていました。

”異物の排除”

最近のイヤホンは耳に装着感を与えないような作りになっているらしいのです。が、個人的には「あ、入ってる」という実感はぜんぜんあります。

だからなのか、帰宅して自分の部屋についた後、耳から白い物体を取りのぞくあの一瞬に、なんともいえない解放感をおぼえてしまうのです。

「っあっ・・・ハァァン、、、」

ってやつ。きもちわるいですね。

これはおそらく、イヤホンの構造上の問題ではなく、単に「耳の内外の出入り口を異物でふさいでいた」からだと思います。

つまり、密着性能が高ければ高いほど、イヤホンから感じる圧迫感も高くなってしまうのです、たぶん。

脱イヤホンしてみて

ここからは、脱イヤホンによる少しばかりのメリットやデメリットについて書きたいと思います

小さなメリット

解放感に包まれる

イヤホンを外すと、耳の中と外を隔てていた壁がなくなります。
当然通気性がよくなり、解放感に包まれます。

これは、脱イヤホン生活を数日つづけていると、今までとの違いを認識することができるようになると思います。

充電に気を取られない

ぼくが使っていたイヤホンは、定期的な充電が必要なbluetooth型のイヤホン。

脱イヤホンをして以降は、バッテリーの状況にいちいち気を配る必要がなくなりました。

外出の準備が楽

脱イヤホンをすると、外出が楽です。

いちいち充電ケースを開いてイヤホンを装着したり、歩きながら聞くラジオや音楽を選んだりする必要もないです。

お決まりの靴とカバンを持ちながら、軽い足取りで、颯爽と、最初の一歩を踏み出すだけです。

そこに雑音はありません。

歩行中に携帯を開かなくて済む

耳から流れるデジタル音声に気を使わなくていいので、デジタル音声の発信元であるスマホそのものをいじる必要もありません。

いちいち余計なことに気を使わずに気ままに外出を楽しみたい方は、短めのうどんを家に放置してはいかがでしょうか。

イヤホンの出し入れをしなくて済む

外出時やお店への入店時、入社時、帰宅時にイヤホンをケースにしまったり、キレイにまきまきしたりする必要はありません。

⊗自然と触れあえる⇒ウソです

うどんから流れるデジタル音声ではなく、周囲から流れる自然な音声に耳を傾けることができます。・・・というのは意識高い系が使いたがる宣伝文句です。

イヤホンを外したところで、別に虫の鳴き声とか季節の移り変わりとかに気を配れるようになるわけではありません。よほどマニアックじゃない限りは。

ぼくも、イヤホンを外したからといって植物などに目を向けられるようにはなりませんでした笑。

なので、「自然に耳を澄ませたいからイヤホン外しました!」みたいなことはメリットは、正直感じられません、個人的には。

どうでもよいデメリット

デメリットは、歩きながら情報を得るという「一挙両得」をすることができなくなってしまったことです。

でもぼくの場合、一年前に歩きながら聞いたラジオの情報を覚えていないんですよね。

ぼく、飯田浩司OKコージーアップっていうラジオがすきなんですよね笑。いまではお昼ご飯のときに聞いています

一週間前に歩きながら聞いたyoutubeの内容も覚えていないですし、理解もしていない気がします

ちなみに理解というのは、聞いたり読んだりしたことを頭の中で咀嚼して、自分の言葉で誰かにわかりやすく説明できるようになることをいいます。

”別に、聞きたいなら聞けばいいだけ”

また、シンプルに好きな音楽を聴きながら通勤・通学をしたい人もたくさんいらっしゃると思います。

ぼくは、別にそれでもいいと思います。

イヤホンを外して外出することにしているのばぼくであって、みなさんがぼくの行動を真似する必要は一切ないからです。

好きな音楽を聴けば、からだの血や細胞が暴れだして元気になれます。

なので音楽は、これから待ち構える労働や暗記という苦行に立ちむかうためのドリンク剤として機能してくれるかもしれません。

結局は、人次第ということです。

まとめ

イヤホンをつけて外出しようが、イヤホンを家に置いたまま外を気ままに旅しようが、人の勝手です。

ぼくはいま、後者にハマっています。

すなわち、耳を人工物でふさがないで通学したりお出かけしたりする生活に浸っているわけです。

ただ、これから先またイヤホンのある生活に戻りたくなる時がくるかもしれません。

その時は、また音楽を聴きながら外に出ることになるでしょう。

自分の感性に身をまかせて暮らしていれば、それでいいんです。

未来なんて誰にも分らないのですから、いまの自分にとってやってみたいと思うようなことを果敢に取り入れていければ、それでいいと思うんですよね。